特別編雑感

Twitterで書いたことの焼き直しにしかならないのですが。

ガルラジの特別編のあらすじが出てきましたね。岡崎富士川双葉、生々しく時勢を反映していて驚きました。全員の今が出揃ったわけではなまだないけど、苦労しているのだなと感じるには十分というか。でもその善し悪しを自分の尺度で測っていいのかなとも思ったり。例を挙げれば二兎さんの「だが、本人はいたって元気で落ち込んでなく、明るく前向きに過ごしている」とか、本人が暗くなっていないなら「ままならない日々を送っているのだな」と言うのも失礼なのかなとか考えてしまう。

個人的な話なのですが、合同の個人あとがきに書いた文に下記があります。

きっと確実に、彼女達は幸せになるのだろうなと思いながら。2020年もその先も、彼女達にたくさんの良いことがありますように

ラジオは終わって、彼女達は新しい生活を始めて。そうやって観測範囲外になった人達に対してできることは「幸せであって」と願うことくらいだと思っていて、そうすることに縋って生活していたのが自分の2020年だったんですよね。願う行為自体が、自分の中では大切だった。

願うことくらいしかできないので、願うことくらいは真面目にやっていたつもりでいたのですが、そうやって願ってきた結果お出しされたあらすじが、「自分の想像する幸せ」と方向がかなり違っていたことに結構打ちのめされ気味です。願い続けた結果がこれか、というか、当然とはいえ願っても彼女達の生活に一ミリも影響するわけがないということを改めて突きつけられたと言うか。というか、無害ぶって幸せを祈っていた癖に、蓋を開けたら割としっかりエゴっぽくこうあってほしいという形が自分の中にあったんだなというのも結構ダメージでしたね。

でも一方で、 大変そうな日々を送っていてくれることも嬉しいと思う気持ちもちゃんとある。コロナのせいでライブが潰れてしまったんだというお便りを送ったら、ちゃんと等価に読んでくれるわけで。やっぱり自分の今いるところから地続きの場所にいてくれると、どうしようもなく安心する。大変そうであって欲しくないし、やっぱり幸せであってほしいのも本心なんですが。

そういえば、時勢を取り込んだあらすじが出てきたときに、一番最初に思い出したのは双葉のTwitterジャックでした。

記憶範囲なので曖昧なのですが、この日の午前は降ってなかったんですよね。午後から怪しい雰囲気になっていて、雨に当たったりしないかなと思っていたら、現実の天気に合わせて「雨降りそうだがらやめる」となった形で。こういう時勢(と言うには弱い現象ですが)も取り込んでくれるし地続きを売りにしてるなら、そりゃ疫病にも真っ向に取っ組み合うよな…となったというか(そもそも特別編が2人体制を取るっていうところから始まっているので今更なんですけど)。

だらだら書いたりあらすじ見直したりして願ってきたことについて頭抱えたりしてますが、どうせきっとどれだけ微力で無価値で無意味でも、結局幸せであるようにと願う自体はやめないんだろうなと思いつつ。それしかできないので。

以下はその他です。

2020年買ってよかったもの: 生きづら本、カメラ、在宅用の椅子

2020年買わなくてよかったもの: モバイル端末スタンド

なんだかんだ、本年は大変充実してたと思っています。絶対やらんだろうと思っていたことに手を出し、それが想定以上に良いものになったりとか。書き出せばキリが無いのでアレですが、大変ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

生活試行:

コメントする