20200707雑感: 特記なし

色々と買い込んで今日が終わった、という感じ。買った方が良いとわかっているのにずっと先延ばしにしていたものから、正直必要あるのかわからないというものまで。あとは買い込んでいたゲームを少し崩した。minit、無駄をとことん削ぎ落としたゲームシステムがすごく良かった。1分しかない命というものの知る体験として序盤にめちゃくちゃ喋るのが遅い鬼のようなキャラクターがいるところとかも。ゲーム、基本的に全然得意ではないくせに(反射を求められるものは特に)、いろんな手段で言いたいことを表現してくるのが好きで色々と買ってしまいがち。

あとアコギも触った。思ったより音が大きくて、じゃんじゃん鳴らすにはまだ勇気が出てこない。あとネックの太さに対して手の大きさが本当に足りない。個人的得意なコードランキング第3位くらいに入っていたDが不可能コードになった。ミュートができない。上2弦が抑えられない虚しさ。

夜頃、「今ならがっと文章作れるかもしれない」という気持ちが湧いて、珍しくスムーズにざっくり書くことができた。混ぜられたら面白いかなという要素も、書きながら(自分の中で)整合を持ってまとめられたので、妙な達成感があった。雨で会えない織姫と彦星のように会えない人。雲で見えない天の川のように見えない人。見えないだけで、存在するということ。それっぽいテーマを決められると楽しい。いろんな方が、七夕を理由にして色々と願っていることを見れたのも楽しくて、ありがたいなと思った。

天の川は肉眼で見たことがあるけれど、薄くけぶっていただけではという第一印象があって、ずっとそれが消えない。あれに分断されている人達がいることが、肉眼で見た日からしっくり来なくなった。もう一つあげるなら、「織姫と彦星はやることさぼってたから年一の逢瀬になっただけでは?」みたいな言説を過去に見たせいで、「振られたタスクを全うするって大事だよね」みたいな印象しか持てなくなっている。七夕、夢がない。

勿論、笹とか飾りとかは好き。季節ものなので。かこつけて開催されるお祭りだってどれも好き。願い事を短冊に書いて吊るすという行為自体はしていないけれど、色んな願いが飾られているのを見るのも好き。似たようなものなら絵馬だろうけれど、絵馬よりはカジュアルに煩悩を書いて良いというか、無責任さが好き。絵馬は姿勢を正して書かないといけない気がするし、書いたことへの努力義務があるみたいな印象がある。その分効力的なもの(があるとするなら)絵馬の方が大きいのだろうけど。今の所、短冊に祈りたい程の願いはないなと思う。それが良いことなのか悪いことなのかは不明。

食事、ラザニアとうどん。生活、健康的な命を継続するにはモチベーションが必要ということに気づきつつある。「倒れたら人に迷惑がかかるから」以上のモチベーションが無いなと、薬を飲みながら思った。

風が吹いて飛ばされそうな 軽いタマシイで

他人と同じような幸せを 信じていたのに

スピッツの「楓」、知ったのは小学生くらいだったような気がするけど、年々重くなる気がする。軽いタマシイ抱えて惰性で人生やるの許されませんかね。

生活試行:

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